鹿島建設株式会社のサービス利用で変化することとは?

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鹿島建設株式会社は、スーパーゼネコンと呼ばれる大手5社のひとつで業界をリードする立場にあり、建設部門において大学生の就職先ランキングでは毎年1,2位に位置しています。

鹿島建設株式会社といえば超高層ビル事業といわれるほどで、長年培ってきた経験と蓄積された精度の高い技術とノウハウを擁し、業界では唯一の技術研究所もあります。

歴史に残る大規模な公共事業や東京駅の八重洲口や秋葉原地区などの都市再開発、海外でのプロジェクトにおいても実績が豊富です。

事業内容は建設に開発や設計・エンジニアリング事業などで2017(平成29)年3月末現在の従業員数は約7,600名、資本金は814億円ほどです。

鹿島建設株式会社の海外現地法人はヨーロッパに北米、アジア・オセアニア地域に拠点を構え、各地で都市インフラや物流拠点の整備、リゾート開発などに携わっています。

北米の現地法人はアメリカ本土にハワイ、メキシコの重要な地域に拠点を構え、日本人には馴染みのニューヨークやロサンゼルス、ハワイをはじめ各地で製造や物流施設の工事などを行なっています。

ヨーロッパではロンドンやフランスなどに現地法人を置き、女性に人気の南仏プロヴァンス地方ではゴルフコースやスパも利用できレストラン併設のリゾートホテル運営と別荘の分譲事業を展開しています。

アジア・オセアニア地区では、日本人の旅行先の人気のバリやプーケット島のリゾート、ジャカルタでの複合施設の開発、バンコクではオフィスビルの運営に携わり、ベトナムでは空港ビル工事をしました。

会社の沿革では1840(天保11)年に東京の四谷にて創業、鹿島建設株式会社として1930(昭和5)年に設立、木挽町から八重洲と移り、1968(昭和43)年に現在の本社のある赤坂へと移転しました。

年代ごとの代表的な工事では、1960年代の当時国内で初の超高層の地上36階の霞が関ビル、1970年代はサンシャイン60や新宿副都心のビル群の完成に見られるように、鹿島建設株式会社は日本の高度経済成長の中でも大きく存在感を示していました。

1980年代は青函トンネルと瀬戸大橋の完成、1990年は東京湾横断道路貫通、明石海峡大橋の開通など世界的に見ても大規模な公共事業を牽引しました。

平成に入ると新しい時代の幕開けにふさわしく汐留シオサイトのビル群や六本木ヒルズ森タワーの完成、2008(平成20)年には世界初の技術の鹿島カットアンドダウン工法を開発実用化しました。

会社が一体となって人道主義と科学的根拠による合理主義に基づき、創造的な進歩と発展を図りながら社業の発展を通じて社会に貢献するといった経営理念のもと、鹿島建設は新しい時代の変化の中でもいつも積極的に技術とサービスを提供しています。

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